発表いつかな

汗拭きタオルはもういらんやろ!と思って持たずに出てきたことを後悔した。

なんでみんな汗かいてへんのや?チャリ漕いだり歩いたりしてないわけ??

 

9月に入ってから目下忙しいのですが気分は高揚しています。

なぜならば2018年度手帳が店頭に並ぶ時期だから!わかりますね、わかっていただけますね、?

手帳売場ってやばくない?ジェットコースター乗り降りた後のような飛行機が離陸する瞬間のような興奮がずっと続くコイツはやべぇ、な場所だと思うのですが。

 

その興奮を求め8末から手帳コーナーを目的地とし至るところの文房具売場を周回するという、

ラスボス前のレベリングのような行動をもはやオートプレイの勢いで行っているのでありまして。

 

まだ何も書かれていない、でもこれから名も知らぬ人の手にとられあらゆる使い方をされるまっさらな手帳がずらっと並んでるの最高に興奮する。するわな。

 

今書いてて気づきましたけど、私あれか、さらぴんの手帳が好きなんやな、だから白紙が続く手帳が家に置いてあるんだね!納得!

いやでもほんとフォーマットとフォントと紙質が好みの手帳に声かけられたらレジまでホイホイ連れてかれちゃうでしょ....季節外れ扱いで割引されてたりしたらお持ち帰りしちゃうじゃん....使ってみたかったやつとかだったらさ....

(金曜それで家に一冊増えた、ちゃんと使ってる、金曜からプライベート用のメインになったから....うん)

 

そんな私の今一番の関心事は某ミスほにゃドーナツのスケほにゃルンです!以上!

得意なことは複雑なパスワードを設定しといて忘れること

1日1回絶対書くぞとかは決めてなかったものの三日坊主になるとこだった、危ない。

 

休み明けてまた仕事の日々が始まっている訳ですが、平日眠すぎる....

寝る前に書こっかなとか思ってたけどそうすると寝る時間が推してしまうのがな~、

ていうか書いてる間に寝てしまうんだよな

 

 

そして今居間のテレビがにじゅうよじかんテレビを映しているのだが、

私この番組がもうほんと子どもの頃から一年の中でいちばん嫌いな番組でして。

感動を消費物にするのと努力は素晴らしいものだとする姿勢がもーほんと嫌い、受け付けられない。

 

夏の間にクーラーきいた部屋で丸一日ゲームしようって思ってたんだけどもう8月が終わってしまう....早........

白川夜船の埠頭は何処

脳みそが茹だった気分で目覚めた朝。

昼食をとった今も熱気とと眠気が体に居座っている。

昨日一昨日と夜の間もたいそう暑い。寝苦しすぎる。

冷えよりも寝心地を優先してクーラーのきいた部屋で眠るべきだったと後悔した。

 

一昨日、部屋の明かりを落とした後、

言いたかったことを書いてなかったと思い出した。

ひとつ前に書いた例の発言についてである。

 

例の発言、「私さんって自分のすることが正しいと思ってるやろ?」であるが、

何度言葉を反芻しても納得がいかない。

だって、

 

自分のすることが正しいと思ってないやつなどいるのか?

自分のすることが正しいと思わずに生きていけるか?

 

それは自分のやることなすことすべてにおいて自らが正しいなんて思っている人間は高慢ちきに映るだろうけれど、

ある程度は自分の正しさを認めていないとだめだと私は思う。

 

色々ごちゃごちゃと考えているのだがどうも言葉にするのが面倒くさい。お腹がいっぱいだし頭がいたい。

 

どうにか絞り出して、

自分の正しさを確立させているものが何であるか、かな。

経験や信念、はたまた勘かもしれないが。

どういったものを拠り所にしているかだと思うのだがな

 

私がここで何を言ったって私と先輩との間に正しさにおける観念の相違があるかぎりどうにもなりはしないけど。

あと論点にも少々ズレがある気がする。

 

とりあえず今日は涼しい部屋で寝ることにします。

 

 

夜が明けたら

休みが終わる。

 

2週間近くもあった私の夢のような夏の休暇に幕が降ろされてしまう。

休日前夜の高揚からそんなに時間が経ったとは思えないんだけどな。

とは言っても明日から仕事なことに変わりはないので潔く寝て備えようと布団にいる。

 

この休みはかなり良かった。友人にも会えたし、行きたいとこに行き食べたいものを食べることができた。

何より自分自身について考えこれからの指針もできたから。

 

そもそもこのブログを始めようと思い、

休みの間私が私による私のための私に関する思案の旅に出るきっかけとなった出来事がある。

 

月の頭のことだ。こう言われた。

「私さんって自分のすることが正しいと思ってるやろ?」

 

!?

 

???????????????????

 

は???????????????????????????????????????????????????

 

 

何言ってんだコイツ....と言わなかった私をほめたい。

 

続けて人のことを疑ってかかってるとかなんとか、発言者は会社の先輩♂である。

私はこの人に対して仕事においても人間としてもかなり好感を持っていたのだが。

 

仮名をAさんとするとして、Aさんがとある作業をしていた。

何をしているか分からなかったので聞いた。何してるんですか、と。

Aさんは答えた。私はそれを面白いと思った。

何故ならそれまで私は違う方法でAさんがしていた作業を行っていたからだ。

要はひとつの目的に対するアプローチの仕方が異なっていたのである。

初めて目にする方法だったし、こんなやり方もあるんだなぁと感じた。

それをAさんに伝えた。Aさんは言う。

「私さんのやり方でも出来るけど俺の方法も原理は一緒やしまぁ今度1回やってみ」と 。

試してみようと思っていた私はもちろんこう答える。

「はい、やってみます!」と。

 

これだけである。

これだけのやり取りの後に、コナン君なら「バーロー!」と叫んでいたであろう例の発言である。

 

どう見たって素直な後輩だろうがよぉ!

お前そんなんだったらあと数年後思春期真っ只中の娘に嫌われるからな!!!

 

言われた瞬間は驚きすぎてびっくらポン!的な感じだった。

が、直後に深く傷ついたのと怒りの感情がふつふつと沸いてきてどうにも考えずにはいられなかったのである。

私、私とは、私ってどこにいるんだろう、と。

 

その後休みに突入し冒頭の通り終わろうとしているのである。

考え感じ気づいたことはいくつかあるけれど今日はもう寝る。22時には寝るって休日前夜から決めてたんでな。約束守っちゃうよ、私。

おやすみ。

 

 

 

えほん

 

怪物は生まれたのだろうか産まれたのだろうか。

 

双子にとっての「一番怖いこと」「本当におそろしいもの」は同じなのかな。

ひとつの同じことだと思っていることと、同じことだけど別々の視点から見ていると思っていることは同じなようで全く違う。

そもそもそれが同じだなんて一体どうしてそう思えるんだろう。

 

名前を手にいれて人間の跡を残して怪物はどこへ行ってしまうのかな。

 

双子にとっての怪物は、本当は誰だったのかなぁ。

 

 

紙袋の中に入れられたのと目があって、読んでと訴えられたままに『MONSTER』を一気読みしていたら夕方になっていた。

ヨハンの強烈な存在感のせい(寝るときに思い出すくらい)で主人公はお医者さんだったような....くらいの記憶しかなかった。

初めて読んだのは小学生ぐらいの時だったから、話が難しいな~と思っていたけれど、今読むと色々と考えさせられて面白い。

元々両親が集めていたとは言え、誰も売っていいなんて言うてへんけどな~

 

ちなみに全部を通して2巻の巻末シーンがいちばん好きです。

あの「親子」がいちばんきれいで温かい気がするから。

ほこりの厚みは

今日は自室の片づけをした。

片づけを頻度よくしないことの良いところは、

思わぬところから思わぬものがひょっこり現れるところである。

 

部屋の主が気づかぬだけで、ずっとそこでひっそりと、

同じだけ時を生きていながらも自身に宿った時の空気を守り続けていたのだと、感じ得ずにはいられない。

 

数冊のポケットアルバムがとある袋の中にあった。

それらは当時の漫画雑誌の付録だったものだ。

表紙の絵柄に懐かしさを覚えながら中を覗くと、小学生の私がいた。

よくもまあ小学生ながら写真嫌いなことを顔のすべてで表現しているものだ。

偶然写りこんだものや、カメラマンさんが声をかけずにシャッターを切ったものでしか笑顔が見れないとは。

 

それからノート。大小さまざまな大きさが残されている。

私は手紙を処分できない質なので、交換ノートももれなく取ってあるのだが、

まさか日記をつけていて、そして捨てていなかったとは。

四半世紀に満たぬ人生の中で日記に挑戦した記憶はあるにはあるが、大体どれも三日坊主だった思っていた。

 

表紙をめくると幼い字が躍っている。

内容からするに、先に見つけたポケットアルバムと同じような時間らしい。

文字となり躍っている私はとても、とてもエネルギッシュだった。

楽しみ、悲しみ、時には怒ってもいたがありとあらゆる方向に向かって感情を爆発させていた。

嬉しいことに対して上機嫌になり、嫌なことには不機嫌になっていた。

 

昔の自分の表記物を見る気恥ずかしさより、眩しさが勝っていた。

私はこんなにも、感情に素直になれていたのか。

取り戻したいと願った自分は、そんなに遠いところで手を振っている訳ではないのかもしれない。

この部屋のどこかでそっと、でもしっかりと息をしているのかもしれないと、私は部屋を見渡した。

 

 

(なおここまですべて部屋を片づけないただの言い訳である)

 

ハンバーグを噛む

 

ハンバーグが固い、という事象についてどういった想像をするのだろう。

火が通りすぎて表面が固くなってしまった、だろうか。

冷めてしまったから固くなってしまった、だろうか。

 

 

我が家のハンバーグは固い。

焦げたハンバーグが出されたことも、冷めたそれが出されたこともまずない。

しかしながら、ハンバーグは固いのだ。

咀嚼力を問われるメニューなのだ、ハンバーグというやつは。

料理上手な母だと思う。毎日おいしいごはんをつくってくれる母。握力のつよい、母。

 

握力。

 

握力がハンバーグというメニューにおいて重要な意味を持っているということを口の中で実感することってそうそうないと思うのだけれど。

ひき肉を捏ねて成形して焼く。この「捏ねて成形して」という部分が曲者なのだ。

最近は捏ねる回数も力加減も抑えているらしい母だが、それでも世のお母さま方よりもずっと力強いのだろう。

かなり噛みごたえがあるハンバーグが焼きあがってしまう。

 

今晩はいつぞやツイッターで見た「ごはんをつなぎに使う」という術を実践してほしいとお願いしていたのだけれど、

ごはん冷ますの忘れてた、と普段通りパン粉でつながれたハンバーグだった。

肉肉しいハンバーグだった。

 

どうでもいいけど、パック入りのコーンスープってとっても美味しい。

スジャータのやつ。

あの1ℓ入りのスープをぜんぶひとりで味わうのがひそかな夢だったりする。

飲むならコーンかパンプキンか、どっちがいいかなぁ。ふふ。